語学に関する素朴な疑問など
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目的語の話の続き

昨日の話は、今日の話の前置きである。

もうちょっと前置きの続き。
日本語では「私は東京に行く」は I go to Tokyo. なので「に」という助詞を to で置き換えたくなるわけである。そこで「彼女に会った」というのを I met to her. などとやりたくなるのである。しかし、meet は直接目的語をとる他動詞で、この her は直接目的語なので to は要らないわけだ。

スペイン語も、直接目的語が代名詞である限りはそうなのだけれども、特定の人物の場合には a という前置詞が必要になるのだそうだ。Conozco a Jun-ichiro. 「私は純一郎を知っている」
Jun-ichiro es el primer ministro de Japon. Lo conozco. 「ジュンイチローは日本の総理大臣だ。僕は彼と知りあいだ。」代名詞なら a は要らないのである。英語なら代名詞でなくても I know Jun-ichiro. であって、to なんかつけたら間違いだというのに、スペイン語では何で「特定の人物が直接目的語の場合」a が必要になるんでしょうねえ? というのが昨日の前置きから始まって、書きたかったことなのであった。何故そうなのかはわからないが、とにかく必要で、やっぱり間違いやすいところなので注意が必要なんだそうだ。気をつけましょう。
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by xabon | 2006-05-30 20:46 | 文法

目的語

目的語には「直接目的語」と「間接目的語」があるわけだが、そもそも目的語というのは何だ、ということがよくわからない。「目的語」の定義をしておくれでないかい。

目的語の定義も定かでないのに、「直接目的語」と「間接目的語」の違いを論じても仕方がないと思うが、今日のスペイン語講座によれば、「だいたい日本語で『...を』というのが直接目的語で『...に』というのが間接目的語」ということであった。確かに「本を彼女にあげる」の「本」は直接目的語で「彼女に」は間接目的語であるが、「彼女にあった」の「彼女に」は直接目的語である。ちなみに韓国語では「彼女に会う」の「に」に相当する助詞は日本語の「を」に当たる助詞だそうである。

さらに細かい事を言い出すと、「自動詞」と「他動詞」の定義もしないといかんのだろうなあ。「動詞」の定義もよく知らないのだけれど。
動作がそれ自体で完結するのが自動詞で目的語がないと完結しないのが他動詞、ということであろうか。
日本語の場合、英語では他動詞である give に対応する「あげる」という動詞は、「ぼくがあげるよ」という風に文脈によっては必ずしも目的語がなくても文として成り立ってしまうので、英語の自動詞・他動詞を日本語にそのまま当てはめてもうまく行かないかもしれない。
英語では自動詞に対しては受身の文というのは成立しないのであるが、日本語では、「泣く」というような自動詞でも、「彼女に泣かれて、困った(おいおい、いったい何をやらかしたんだい)」てな受身文が成り立ってしまうのだそうである。これを「迷惑の受身」というのだそうだ。ことほど左様に英語と日本語の「他動詞・自動詞」というのは違うらしい。


I gave her this book.「彼女にこの本をあげた。」
this bookが直接目的語で、herが間接目的語である。
「を」とか「に」とかでなく、「本」が「あげる」という行為の主たる動作対象で、「彼女」の方は二次的な対象、という風に考えればいいだろうか。
I met her. は、「会う」ことの主たる動作対象(二次的な対象はこの場合ないが)なので直接目的語、ということで説明はできるけれども、しかし、「私は東京に行った」と言う場合の「東京に」も「行く」の直接目的語ということになるんでしょうか。 I went to Tokyo. のwent (go) は自動詞なんだが。

そういうわけなので、誰か「目的語」の定義を教えてください。
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by xabon | 2006-05-29 19:56 | 文法

...しなければならない

英語だと、must とか have to とかいうやつである。
スペイン語では tener que、deber que を使うそうである。
Tienes que estudiar. 「勉強しないとだめでしょ」てな感じでしょうか。スペインでも子供たちはお母さんにこんなことを言われているのだろうか。 Debes estudiar.でも同じだそうである。
否定形になるとちょっと意味が違ってきて、no tener que は「...しなくてもよい」だが、no deber que は「...してはいけない」だそうである。英語でも must not は「...してはいけない」だが not have to は「...しなくてもよい」だったか。

フランス語では「...しなければならない」は、Il faut ... という言い方があるが、これに相当するスペイン語はあるのかどうか、勉強不足のためわからない。 Tengo que estudiar. 勉強しなくちゃいかんなあ。
フランス語にももちろん「しなければならない人」を主語にした言い方もあるわけで、
Je dois travailler. étudier と travailler の使い分けがよくわからない。
スペイン語の tener は、フランス語の avoir と同じような働きをする動詞だが、フランス語では avoir que à +不定詞の形で、やはり「...しなければならない」という意味になるようだ。J'ai qu'à travailler.
否定になると、falloir は、禁止の意味になるようだ。
Il ne faut pas fumer ici. 「ここではタバコをすってはいけない」する必要がない、という意味にはならないようだ。
devoir も、否定形では「...してはいけない」であって、「...する必要がない」ではない。
Tu ne dois pas sortir. 「出かけちゃだめです」宿題が終わっていないのであろう。
n'avoir pas que à だと、「...しなくてもよい」だそうである。
Je n'avoir pas que à te expliquer ce que je panse. 「私が考えていることを君に説明する必要などない」 なんだか感じ悪い例文である。
似たような形の熟語に n'avoir qu'à +不定詞、というのがあって、これは「...しさえすれば良い」という意味である。
Tu n'avoir qu'à faire comme je te dis.「君は私が言った通りにしてさえいればいいんだ」 これもあまり感じの良くない例文である。正しいかどうかもよくわからん。まあ、感じ悪いほうが何となくフランスっぱいかなあと思って。フランス人に対する偏見かもしれない。私にとって、「感じの悪いフランス人」の代表は、サルコジ内相である。これも偏見かもしれん。
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by xabon | 2006-05-28 16:19 | 文法

引用文

面倒なのでいままでフランス語の話を書いていても、引用符は英語の" "を使っていたけれども、本来、フランス語では会話などの場合には《》を使うのが本当だそうである。

英語で、会話を含んだ文章があると、
"Excuse me," she said.
というように、実際に話された文の部分を引用符で囲む。
"I think," he said, "you'd better go there as soon as possible."
こういう風に「誰々は言った」の部分を間に挟むこともできる。英語の場合には、会話文の部分を引用符で囲み、「誰々は言った」の部分は引用符から出す。
日本語というのは古来、会話文も地の文も書き分けなかったようだが、いまは普通、英語に習ってかどうか、会話文の部分を「」で括る。
「さて」と彼は言った。「これからどうしようか。」など。小説など読むともっといろいろ作家の好みが出てくるように思うが。

フランス語では、会話文の間に挟まれる「彼は言った」というような地の文は、引用符の中に取り込まれてしまって出してもらえないのですな。

《Et, pour que le chapeau tombe, demanda-t-il, que faut-il faire ?》
フランス語のテキストの「星の王子様」の中の会話文であるが、この demanda-t-il の部分は「彼は尋ねた」という地の文だと思うのだが、引用符の中に入ったままである。

地の文を挟まずに二人の会話が続くときには、英語だと、
" He's not honest."
" You think so?"
" I don't think so. I know it."
などと、一人が話した分を一括りにして分けて引用符に入れていくのだが、フランス語だと、
《Je ne puis pas le savoir, dit le géographe.
-Ah! Et des montagnes ?
-Je ne puis pa le savoir. 》
などと、一連のやり取りは全部一つの引用符で括ることになっているようだ。なおこの文章は、一連の会話が《》で括られる、ということを示すためのものなので、原文を一部省略しております。
「それはわからん、と地理学者は言った。
ああ、では山は?
それもわからん。」
てな具合である。どこが地の文でどこが会話文でどれが誰の喋ったところだかわからなくなりそうだが、それはこの表記法のせいというわけでもないのだろうなあ、英語式の書き方でも、地の文(Tom said. とか said she. とか)ないと、だんだん誰が喋ったところかわからなくなって、「奇数番の会話文は女の言葉」「偶数番は男の喋ったところ」などという読み方をする人もいるそうである。
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by xabon | 2006-05-25 05:43 | フランス語

aujourd'hui

前にも書いたと思うが、フランス語では「今日」のことを aujourd'hui というのだ。ずいぶんとまだるっこしい。もともとは hui で「今日」だったのである。スペイン語では今でも hoy である。au jour d' hui 「今日のこの日に」というのが正式に「今日」という意味になったそうだ。昨日は hier で、aujourd'hier ではないし、明日も、 aujoudedemain ではないのにどうして今日はわざわざこんな長ったらしい単語になってしまったのやら。
「○月に」というのは、例えば「5月に」というのは en mai といってもいいが、au mois de mai といってもいいのだそうである。au jour d'hui と同じ言い方ですな。フランス人はこういういい方が好きなのかしらん? 「今月今夜、この月に...」これはちょっと違うか。それにしても、こういう場合の前置詞として、en を使うのか à を使うのか、英語だったら、「月」なら in 、「日」なら on と、習ったものだが、フランス語では「月」でも、表現が変わると en だったり à だったり、いったいどういうルールがあるんだか。
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by xabon | 2006-05-24 21:46 | フランス語

De donde vienes?

今日のスペイン語講座は ir と venir 、「行く」と「来る」であった。
De donde vienes? 文字通り訳すと、「どこから来たの?」であるが、「どこの出身?」の意味にもなるそうである。

フランス語では D'où viens-tu? になるようだ。ラテン語では quo というのが場所の場合の疑問副詞ではなかったかなあと思うのだが、フランス語もスペイン語も、全然違う形ですな、何故だろう? それは本日のテーマとは違うのでさて置いて、同じ事を英語でいうと、Where do you come from? である。

英語では 「どこから」の「どこ」と「から」が、文の頭と尻尾に泣き別れであるが、フランス語やスペイン語ではそういう形は許されず、必ず De donde とか、D'oùと、前置詞+疑問詞の形にならなければならないそうである。英語では「疑問詞が文頭に来る」という原則が優先で、フランス語やスペイン語では「前置詞は目的語の前に置かれる」という原則が優先なのだろう。
英語でも、格式ばった言い方では「前置詞+疑問詞」の形をとる、と書いてあるが、「どこから」は From where do you come? という言い方は見た事がないなあ、この質問文自体が書き言葉としては用いられないからかなあ? 

前置詞は「前置」というくらいだからやっぱり目的語の直前にあって欲しいなあ。そういう意味では、英語よりフランス語やスペイン語のほうが私は好きである。
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by xabon | 2006-05-23 20:21 | 文法

大英帝国

日本で、「イギリス」と呼ぶところの国は、正式には「大ブリテンおよび北アイルランド連合王国」 The United Kingdome of Great Britain and Northern Ileland というのだそうで、UKと略されるわけである。

Great Britainというのは、とくに Britain が偉大な国だということではなく、フランスの Bretagne半島が「小ブリテン」で、それに対する「大ブリテン」だということだそうである。

その Great Britain は England と Scotland と Wales に分かれている。よくわからないんだが、England というのが後からブリテン島にやってきた人たちの国で、Scotland とか Wales というのが先住民族の国ですかね? しかし、あの狭い島で、よくぞ3つも国が分かれていたものである。

日本なんか、蝦夷とか熊襲とか、大和朝廷に統一されてしまったというのに。ブリテン島なんて日本に比べて高い山もないし、侵攻しようと思えばできないことはなかったのではないかなあと思うのだがその辺の事情というのはどうだったんでしょう? まあ、England の領域と比べると Scotland とか Wales のほうが平坦ではないようだが。あまり追い詰めると噛みつかれるから、狭いところに追い込んで眼2つで活きてもらえばそれで満足、という形勢判断だったんだろうか? 日本の場合は、敵も場合によっては自分の持ち駒にしてしまいながら、相手が詰むまで追い詰める、という、将棋的発想でしょうか? あー、あまり真面目に受け取らないように。

サッカーでは、この「英国」が発祥の地ということで、England と Scoland と Wales と Northern Ireland は別々の国扱いである。Ireland はまた別に一つの国の代表になっているらしい。ラグビーの場合にはまたちょっと違っていて、英国の北アイルランドと、英国とは別の国のアイルランド、合わせて「アイルランド」という一つの協会を成しているらしい。4つも代表を出すなんてずるいなあ、と思うが、スコットランドの人にとってはイングランド代表なんて、自国の代表のうちの1チームなんて感覚はないのだろう。

いつの日にか、アメリカンフットボールが世界中に普及し、世界規模のワールドカップが行われるようになったときには、合衆国からは「発祥国の特権」ということで、各州から1チームずつ予選に参加することになるのだろうか、というのが私の目下の関心事である。まあ、野球ですら普及しないのに、アメリカンフットボールが世界中に普及する日が本当にくるかどうか定かでないが、そうなったときには、もちろん、大会の審判はみな米国人であろう。
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by xabon | 2006-05-22 21:38 | 英語

日本語の動詞の活用

日本語の動詞の活用の話を読みました。5段活用、上1段活用、下1段活用、昔習ったなあ。未然形とか連用形とか連体形とか終止形、命令形、他にあったっけ?
読むは
 「読ま(ない)、読み(ます)、読む(とき)、読む。、読め(ば)、読め、読もう」と活用するので5段活用というわけだ。
見るは
 「見(ない)、見(ます)、見る(とき)、見る。、見れ(ば)、見ろ、見(よう)」となって、「ま」とか「む」のつく活用形がなく、イ段に片寄っていて上1段活用。
覚めるは
 「覚め(ない)、覚め(ます)、覚める(とき)、覚める。、覚めれ(ば)、覚めろ、覚め(よう)」で、これが下1段活用、「さめよう」なんていう形を使うかどうかは定かでないが。
ローマ字でみると、5段活用の動詞というのは、変化しない部分(語幹)は子音の部分までである。
yom-anai, yom-imasu, yom-utoki, yomu., yom-eba, yome, yom-ou.
他の2つは語幹の最後は母音である。
mi-nai, mi-masu, mi-rutoki, miru., mi-reba, miro, mi-you.
same-nai, same-masu, same-rutoki, sameru., same-reba, samero, same-you.

子音語幹の動詞の場合には、
yom-nai, yom-masu, yom-rutoki, yomu., yom-reba, yome, yom-you. 
と、母音語幹の動詞と同じように後ろをつなげると、日本語にあってはならない「子音の連続」になってしまうので、子音が続かないように-a- や -i- を入れたり -r- を抜いたりする、ということらしい。命令形は、子音語幹だと -oという活用だが、母音語幹では -eにする、という違いがでてくる。

韓国語文法では名詞の場合に子音で終わる単語と母音で終わる単語で、後ろにくっつく助詞が違うとかあったような記憶がかすかにあるが、(動詞にも、母音語幹とか子音語幹とかリウル語幹とかあったかも) 日本語も動詞の活用を考えるときには「子音+母音」の音節を単位と考えないほうが理解しやすいことがあるのだな。
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by xabon | 2006-05-21 17:16 | 日本語

外国人が日本語を学ぶときに難しいことはたくさんあるんだろうが、その中に、「ん」とか「っ」の入る言葉の問題があるそうである。

例えば、英語では sun という単語は一音節で、発音の単位として一塊であるが、日本語では「さん」は2つの「拍」である。この「ん」が独立した一つの「拍」である、というのが外国人には難しい、ということらしい。
「おおきなのっぽの古時計、おじーさんの時計」という歌詞があるが、この「おじーさん」の「ん」が他の「お」とか「さ」とかと同じように一つの「拍」で、「お」や「さ」と同じ長さの「間」を持っているのが日本語の特徴ということであるらしい。で、歌詞にすると「さ」と「ん」は別々の音符に割り振られることになる。英語の歌詞だと、一つの音符に sun と、一音節のってしまい、su-n というように分けるということはないようなのですな。

別の例を出すと、an apple なんぞは英語で発音すると「アナプゥ」みたいな発音になって、n は後ろのaにくっついてしまうのであるが、日本人は「アン・アップル」と、「ン」はあくまでも独立した一つの「拍」で、後ろに母音が来たって、一拍の「ナ行の音」になる、ということをしないのである。まあ、「天王星」が「テンオウセイ」じゃなく「テンノウセイ」と発音されるように、次の母音に n がついた形で発音されてりもするのだが、それでもその前に独立した「ン」は残っているのである。

あと、「おじーさん」の「ー」、伸ばす音がやっぱり他の音と同じく一拍、というのも発音しにくいらしい。
詰まる音「っ」がまた一つの「拍」であるというのもまた発音しにくいらしい。「やっぱり」というのが「やぱり」みたいな発音になったりするわけである。

こういう、「ん」だとか、詰まる音が、他の音(音節といっていいのかな?)と同じように一つの「拍」をなす言語というのは、日本語の他にあるんでしょうか? 世界は広く、言語は6000以上もあるそうだから、あるのかもしれないなあ。
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by xabon | 2006-05-19 23:57 | 日本語

「リスニング入門」は良かったなあ

「ものしり英語塾」が、あまりにもつまらないもんだからついにテキストを買うのを止めてしまった。マイク真木のマイク米なんて、英語とどういう関係があるのか教えてもらいたいものだ。聞くのも止めてもいいのだが、前後を「フランス語」と「スペイン語」に挟まれているのでそこだけ聞かないというのも難しい(スペイン語講座を聞き逃しそう)のでスイッチを入れたままにしている、というのが実情である。NHKときたら、人から集めた視聴・聴取料は無駄遣いしてくれるわ、プログラムの改悪はしてくれるわ、ろくな事をしてくれない。

「英語塾」は去年の方が良かったが、それより、昔の「リスニング入門」は良かった。2年半くらい聞いただけだが。
音の「くずれ」とか、つながりのなかで聞こえなくなる音があるとか、違う音のように聞こえる音があるとか。ま、そういうことが知識としてわかっても聞き取れるかというとダメなんですけどね、私の場合。

h-の音が消えて、her がare(カギつきシュワー)みたいに聞こえる、とか、princeの [s] は、その前の [n] が上の歯茎に舌をつけて発音される影響で「ス」じゃなく「ツ」みたいに聞こえるとか、そういう話は、実際に聞き取れるかどうかは別として、面白かった。
「ものしり英語塾」の大杉先生のうんちく話なども悪くはないのだがそれより面白かったのである。まして、英語を話さないゲストを招いてのインタビューなんぞは比べ物にならないのである。
語末の -l は「ウ」「オ」みたいに聞こえるというのも、前にも書いたし本によく出ている話ではあるが、この番組で聞いて再認識したもんである。これは -l を発音する際に、舌先を上の歯茎の裏あたりにくっつけるのに加えて下の後ろの方が上がって口蓋に近づくので「ウ」みたいな音になる、ということらしいが、これは「リスニング入門」で聞いた話ではないような気がする。ま、しかし、リスニング入門はよかったのである。また、「リスニング」に重点を置いた講座番組をやってくれるといいんだが。
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by xabon | 2006-05-18 21:17 | その他