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語学に関する素朴な疑問など
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昔の講座の問題をやってみよう(96)

接続法の続き。
「不定、否定を表す関係節」には接続法が用いられる、と書いてある。しかし、これだけ読んでも、理解できる人は少なかろう。私は理解できません。
ということで、また例の如くテキストの例文に当たってみる。

¿Hay alguien que pueda leerlo?  「それを読むことのできる人は、誰かいますか?」

日本語としてはちょっと不自然だ。スペイン語の文をそのまま訳せばそういうことではあろうが、「誰かそれを読むことができますか?」というのが自然であろう。まあ、日本語のことはさておき、alguin que pueda leerlo の部分が先行詞+関係節である。「それを読むことができる誰か」というのは、実際にはいるかどうか分からない、話者の頭の中にある架空あるいは仮定の人物なのでその人物に関する動詞は接続法になる、ということであろう。

No, no hay nadie que pueda leerlo. 「いいえ、それを読めるひとは誰もいません」

「それを読むことができる」人は実際にはおらず、「それを読むことができる」というのは実際には生じないことなので直説法じゃなく接続法になるというわけだ。これも、日本語は「それは誰にも読めません」くらいのほうが自然だと思う。

「行ける人は誰かいますか?」
¿Hay alguien que pueda ir?

「これを買いたいひとは誰かいますか?」
¿Hay alguien que quiera comprarlo?

「これが分かるひとは誰もいません」
Nadie pueda lo entiender.

「理解する」enterder は e→ie の語幹母音変化を起こす不規則動詞だそうだ。前にも学習しているらしいが、さっぱりおぼえていない。

さて、あと1回分でこのシリーズはおしまいだ。次は何を教材にしようかなあ。
by xabon | 2009-10-17 21:37 | スペイン語

昔の講座の問題をやってみよう(95)

接続法の続き。

quererは quiera, quieras, quera, queramos, queráis, quieran と活用する。不規則活用であるが、直説法現在の活用から想定される範囲内の不規則性である。スペイン語の不規則動詞は、不規則といってもそんなに極端に不規則ではないように思うが、時制の違いによる語幹の変化は覚えるのが大変と思うものもある。
poder はpueda, puedas, pueda, podamos, podáis, puedan。これも直説法現在の活用から予想される活用通りだ。
encontrar 「見つける」もo→ueの語幹母音変化動詞で、poderと同じパターンの活用であるとのことだ。
さて、接続法の副詞節用法。副詞節というのは、他の文に副詞的にかかる文、ということである。テキストの例文はこうだ。
Cuando vivía en esta ciudad, solía venir aquí. 「この町に住んだ頃はここによく来たものだ」「住んだ」は日本語として変だ、「住んでいた」だろう、というご指摘もあろうかと思うが、あえて「五番街のマリーへ」の歌詞を踏襲してみました。踏襲というのをこういう場合に使うかどうかもよくわからないが、踏襲は「ふしゅう」ではなく「とうしゅう」と読むことくらいは知っている。
上記例文のように過去のことを表す副詞節の動詞は過去形になるが、これからしようとしていることを述べる副詞節の動詞は接続法が用いられる。
これもテキストの例文、
Cavemos hasta que encontremos algo. 「何か見つけるまで掘りましょう」
「掘る」ことを提案しているだけで確実なことではないので接続法を用いる、ということか。英語だとこういうときには副詞節に would とか might とか使いますかね? よくわかってないのだが。cavar が cavemos になるということは、主節の動詞も接続法になるのだな。これはどうしてだか、よく理解していない。はて?

「宝をみつけるまで掘りましょう」
Cavemos hasta que encontremos el tesoro.

掘っても宝は見つかるかどうかわからないので接続法を用いるということだろう。掘りあてようと思っているものが、あるのかどうか不確かな宝物ではなく小学生のころに埋めたタイムカプセルで、そこにタイムカプセルを埋めたのが間違いない事実で、話者が「絶対タイムカプセルが出てくる」と確信しているときに、接続法でなく直説法が用いられていいのかどうかということについては私のレベルではわからない。

「その箱がみつかるまで探しましょう」
Busquemos hasta que encontremos la caja.

「君、私がその箱を開けられるよう手を貸してくれませんか?」
¿Me echas una mano para que pueda abrir la caja?
by xabon | 2009-10-16 21:42 | スペイン語

昔の講座の問題をやってみよう(94)

あと4回分だ。
「関係節」と接続法である。

関係節は関係代名詞とか関係副詞とかで主節と結び付けられている文、ということだ。
Éste es el tesoro que buscamos.「これが私たちの探している宝です」
英語なら This is the treasure that we are looking for. というところだろうか。
No entiendo lo que dices.「君のいうことがわかりません」
Quien busca, halla.「探す人は見つける」=「求めよ、さらば与えられん」

関係詞の動詞が直説法になることもあり、接続法になることもある。
Haremos lo que digas. 「君が言うであろうことを、私たちはしましょう」
haremos は hacer の未来形の1人称複数の活用形ですな。digas は decir の接続法現在の2人称単数形ですな。これは「あなた」が具体的に何をするようにとはまだ言っていないということを意味しているという解釈でいいですかね? 英語にすれば We'll do what you would say. だろうか。
「私のいうこと、聞いてくれる?」「する、する。で、何すればいいの?」みたいなときの、「する、する」は Haremos lo que digas. だろう。

Haremos lo que dices. これは decir が直説法になっている。「君のいうことをしましょう」。こちらは「君」が具体的に私たちに「これをするように」と指示している、あるいはいつも「君たちはこれをするべきだ」と主張している、そのことを、言われているとおりに実行しましょう、といっているということであろう。
「勉強しなさいって、いってるでしょ」「はーい、しまーす」てなときは Haremos lo que dices. であろう。

では、演習問題。
Haré lo que usted diga.
「あなたが言うであろうことを私はするでしょう」
Haré lo que usted dice.
「あなたが言っていることを、私はするでしょう」

Vamos a América del Sur.
「南米に行きましょう」
これは接続法とは関係ありませんな。方角を表す語、el este, el oeste, el sur, el norte 「東」「西」「南」「北」。大陸が Asia, Europa, África, América, Australia。América は América del Norte と América del Sur があるわけだ。
by xabon | 2009-10-14 21:19 | スペイン語

劣等比較

moins を使った劣等比較である。日本語には劣等比較というものはありませんな。英語にはあることはあるかもしれないがあまりみないような気がする。私がしらないだけ? フランス語では劣等比較はよくつかわれるんでしょうか?

「この辞書はもう一方のより安い」
Ce dictionaire est moins cher que l'autre.

辞書というのは値段で選ぶものではないと思う。たくさん単語が載っていれば高いし、少なければ安いだろう。同じレベルのでも出版社によって値段が微妙に違うかもしれないが、自分が引きやすいと思うかどうか、使いやすさが自分に合っているかどうかを重視するべきだと思われる。とはいえ、書店で何種類も書棚に並んでいる辞書の中から「使いやすい」辞書を見極めるのはなかなか難しい。

「私、小鳥を飼ってみたいな」
J'aimerais bien avoir des oiseaux.

個人的には猫を飼いたいと思う。犬も悪くはないが、大きな犬はちょっと怖い。人間が猫にかみ殺された、というニュースは私は聞いたことがないので、犬よりは猫の方がいいかな。
J'aimerais bien avoir un chat. 鳥はつがいで飼うことが多いから des oiseaux ということになるのだろうが、猫は、飼う人にもよるだろうが、私としては一匹で十分である。ので、des chats ではなく、un chat としてある。

清岡先生のテキストが4種類くらい行きつけの書店のフランス語のコーナーに並んでいる。それはいいのであるが、どうみてもCDのつかない古い版のようだ。CD付きの新しい版が出たんだかこれから出るんだかということらしいので今古い版を買った人は損をしたような気になるだろうなあ。車なんぞはモデルチェンジ直前になると古いモデルはかなり値引いて売られたりするが本は再販制度があるので、モデルチェンジ直前でも値下がりすることはないだろう。安くなるなら買ってもいいと思うが、元の値段のままならあまり買う気はおきませんな。まあ、CDつきの改訂版はCDの分くらいお高くなっているのかもしれないから、CDなしの安い方を選ぶ、という選択肢はあってもいいのかもしれないが。
by xabon | 2009-10-13 20:50 | フランス語

昔の講座の問題をやってみよう(93)

またスペイン語。受動態の話である。
テキストにはあまり詳しい説明がないが、能動態の直接目的語だけが受動態の主語になれるんですかね?
助動詞は ser。ser+過去分詞で、能動態の主語は por で導かれることになる。過去分詞は主語の性・数にあわせて語尾が変化する。

「その塔は1世紀に建てられた」
La torre fue edificada en el siglo primero.

日本の、現存する最古の建築物はなんでしたっけ? いつ建てられたか詳しいことは忘れたが1世紀などという古い時代のものはなかったと思うが、ヨーロッパには古い時代の建築物が残っているんでしょうなあ。

「その城はローマ人によって建てられた」
La castillo fue edificado por los romanos.

昔の城が残っていて、そこに住んでいる人もいるとかいう話であったような。
日本の城に今住んでいる人はいませんな。江戸時代に建てられ現存している城は日本国内にいくつあるんだったか。20くらいでしたっけ? 私が見たことがあるのは2つくらいだ。いろいろみて回りたいものだが、姫路城はとくにみてみたいと思う。

「電池はどこで売られていますか?」
¿Dónde se venden pilas?

これは意味的には受け身の文であるが、受動態じゃなくて再帰動詞を使って受け身の意味を表す文だ。「...が売られている」というのは再帰動詞を用いて表す、ということですかね。今月のフランス語の講座のテキストをみていたらフランス語では受け身といっても受動態を用いるのと再帰動詞を用いるのとでは意味が違うというようなことが書かれていたようだが、スペイン語でもそうなんですかね?
by xabon | 2009-10-12 20:29 | スペイン語

昔の講座の問題をやってみよう(92)

接続法の用法の続きで、「感情・評価」を表す名詞節用法、ということだが、これだけ読んでもよくわからない。実例にあたってみよう。

Me alegro de que estés contenta. 「君が満足してくれて嬉しい」
これがなぜ接続法を用いることになるのかは、今までの解釈の仕方では難しいかしらん。話者の頭の中で、相手が満足しているのが事実だと認識されていたとしてもここは接続法を使わないといかんということだろうなあ。
Es lástima que no tengamos tiempo.「私たちに時間がないのは残念だ」
Es natural que digan así. 「彼らがそう言うのは当然だ」
といった用例がテキストに載っている。

「まるで~のように」は、英語では as if it were などと仮定法過去を使うが、スペイン語でも接続法過去を使う、ということだ。接続法過去は初級文法の範囲外のようなので、「こんなのもありますよ」という程度なんだろうけれども。como si + 接続法過去、という形になるようだ。
Esto es como si fueran un sueño. 「これはまるで夢のようだ」

では演習。
「君たちが満足で、私は嬉しい」
Me alegro de que estéis contentos.

「ショセファが来なくて残念だ」
Es lástima que Xosefa no venga.

「ああ嬉しい。これはまるで夢のようだ」
¡Que alegría! Esto es como si fuera un sueño.

ser の接続法過去の活用は fuera, fueras, fuera, fuéramos, fuerais, fueran。
by xabon | 2009-10-10 22:31 | スペイン語

昔の講座の問題をやってみよう(91)

「宝の半島」編を終わらせて次に進もうという魂胆で、スペイン語の連投である。
接続法現在の名詞節用法の2で、疑いを表すのに接続法を用いるという場合である。

「私はそれが名案だと思う」は Creo que es buena idea. で、これは話者の頭のなかで「それ」が名案であることが事実と認識されていることなのでこの場合は直説法だ。
「私はそれが名案だとは思いません」は No creo que sea buena idea. 「それ」がbuena idea であるというのは事実とは認識されていないので、接続法。
「私はそれが名案であるのを疑わしく思う」は Dudo que sea buena idea. これも話者の頭のなかで、「それ」は名案であるとは認識されていないので、これも接続法。
こんな感じの理解の仕方でいいですかね?

Quero hablar. は「私は話をしたい」。これは話者自身が話をするつもりなので、話をするということは話者の頭の中ではもう既定のことになっているから直説法。
Quero que hables. 「君に話してもらいたい」。これは、話者としては相手に話をして欲しいと思っているが、実際に話してもらえるかどうかは相手次第なので未確定ということで、接続法が用いられる、ということであろう。

「私はそれが本当だとは思いません」
No creo que sea verdad.

「私はスペインに行きたいのです」
Quiero ir a España.

私も行きたいのだが、行けそうにない。「スペインに行きたいんだけど」という感じ。こういう場合は接続法を使うということになるのかしらん?

「私は君にスペインに行ってもらいたい」
Quiero que vayas a España.

接続法って、面白いですねえ。
by xabon | 2009-10-09 21:26 | スペイン語

昔の講座の問題をやってみよう(90)

接続法の続き。
ser は sea, seas, sea, seamos, seáis, sean と活用する。
decir は diga, digas, diga, digamos, digáis, digan。
語幹は不規則かもしれないが、活用語尾はみな同じパターンなので、その点は一度マスターすればいいということで楽ですな。
さて、接続法現在の名詞節用法ということで、主節の動詞が願いを表すもので、名詞節がその目的語になる場合には、その節の中の動詞は接続法が用いられる、ということらしい。
Os pido que seáis optimistas. 「君たちが楽観主義者であることをお願いしたい」
pido は pedir 「頼む」の1人称単数の活用形である。
Deseo que seamos millonarios. 「我々が大金持ちになることを望む」
deseo は desear 「望む」の1人称単数形。

「楽観主義者であってくれるよう、君に頼みます」
Te pido que sea optimista.

悲観主義者 pesimista であるよりは optimista であるほうが、精神衛生上はいいようだ。それはわかっているが、持って生まれた性格なのかどうか、pesimista であることはなかなか変えられない。

「本当のことを言ってくれるよう、君たちに頼みます」
Os pido que me digáis la verdad.

嘘をつかれるのはいやなものである。しかし、時と場合によっては本当のことを言わないほうがいいこともあり、本当のことを聞かないほうがいいこともあるのだろうとは思う。

「君が幸せであることを望んでいます」
Deseo que seas feliz.

涙なしでは語れない物語というものもあるだろう。
by xabon | 2009-10-08 23:12 | スペイン語

昔の講座の問題をやってみよう(89)

引き続き接続法。
estar は esté, estés, esté, estemos, estéis, esténと活用する。
llover 「雨が降る」は llueva。これは接続法でも3人称単数形の活用しかありませんな。
nevar 「雪が降る」も、3人称単数形のみの活用で、nueve。

ojalá + 接続法で、「願わくば...でありますよう」。
Ojalá no llueva. 「願わくば雨が降りませんように」。超強力な台風が来ているようですな。あまり被害がでませんように。

同じ文で、動詞が直説法か接続法かで意味が微妙に変わってくる場合があるということだ。
Quizá el tesoro esté ahí. 「おそらく宝はそこにあるかもしれない」
これは話者がそこに宝があることに確信を持っていない場合ということであろう。
Quizá el tesoro está ahí. 「おそらく宝はそこにある」
これは話者の頭の中では宝がそこにあることが事実であると認識されている、ということを意味する文ということであろう。
Seguro que el tesoro está ahí. 「きっと宝はそこにある」 seguro 「きっと」ということになると、これは話者が非常に強い自信をもって que 以下の内容を信じているわけだから、ここはどうあっても直説法を使うということになろう。

「雨が降りますように」
Ojalá llueva.

雨乞いですな。農家の人だろうか。スキー場開き前の関係者なら Ojalá nueve. スペインの人はどのあたりでスキーをするんだろう? 

「おそらくIchiroはそこにいないのではないでしょうか」
Quizá Ichiro no esté ahí.

「おそらくIchiroはそこにいます」
Quizá Ichiro está ahí.

このあたりの使い方はなかなか難しそうだ。でもこれを使いこなせるようになると、微妙な表現ができるようになるんだろうなあ。こういうところが接続法学習の愉しみ、ということだろう。
by xabon | 2009-10-07 21:43 | スペイン語

On s'entend parfaitement.

今週から後期の講座が開講されて、今日あたりはフランス語でもイタリア語でもスペイン語でも「名詞の性」の話である。名詞の性がどうやって決められているかはよくわからないので、ある単語が男性名詞か女性名詞かというのはその都度覚えるしかない、ということである。名詞の「性」というから話がややこしくなるのだ。「グループ」とか「群」とかいうことにしておけばいいのだ。「男性名詞」「女性名詞」というのもやめて、「第一群」「第二群」とでもすればいいのである。まあ、フランス人が自国の文法で「性」とか「男性名詞」「女性名詞」とかいうのまでやめさせろということではないが、日本でのフランス語学習のときだけでも、「何で『本』が男性名詞なんだ」などと不毛な疑問をもつことをやめさせるように、「群」「第一群」「第二群」とか何とか、呼び方をかえればいい、ということである。ドイツ語の1格~4格などというのも日本での独文法での勝手な呼び方だそうではないか。日本人に分かり易ければその方がいいのだ、と思うんだがなあ。

「私、あのこと、後で考えてみたの」
J'ai réfléchi à ça après.

réfléchir は é が二つも入っていて入力しにくい動詞であるが、それはさておき、「熟考する」という動詞である。ir型の規則動詞で、réfléchis, réfléchis, réfléchit, réfléchissons, réfléchissez, réfléchissent と活用する。面倒なので réfléchi- の部分はコピペである。
熟考する内容は à で導かれるので「間接他動詞」ということですかね。

「彼らが住んでるのはこのマンションかい?」
C'est dans cet immeuble qu'ils habitent?

英語の Me too. に相当するフランス語は Moi aussi. であるようだが、英語の Me neither. に当たるのは Moi non plus. というようだ。
少し戻って、ステップ52に出ているのであるが、s'entendre で「仲が良い」という意味だそうだ。いや、まあどうということはないのだけれど。On s'entend parfaitement. は「我々は申し分のない仲である」。
by xabon | 2009-10-06 20:35 | フランス語